スペシャルインタビュー

リスクハンター開発秘話

倉庫の荷役リスクをマニュアルでなく、ゲーミフィケーションで楽しく学ぶ倉庫の荷役リスクをマニュアルでなく、ゲーミフィケーションで楽しく学ぶ

三井住友海上火災保険株式会社
海損部 リスクコンサルチーム長

桶田 一夫

物流倉庫に潜在するリスクを可視化し、事故防止を図る効果的な啓蒙手段としてゲーミフィケーションの手法を採り入れたリスク感知能力養成アプリ「リスクハンター」の開発は、保険業界初の試みとして話題となりました。物流リスクに関する豊富な知見とノウハウを持ったリスクマネジメントのプロとして、本プロジェクトにおいて中心的な役割を担われた三井住友海上火災保険株式会社の桶田一夫氏に、着想から開発の経緯、狙いなどについて伺いました。

取材/2020年3月

三井住友海上火災保険株式会社 海損部 リスクコンサルチーム長 桶田 一夫さん

逆転の発想

― まず、ご自身の業務と今回のアプリ開発との関わりについてお聞かせください。

桶田:海損部は運送貨物に関わる事故調査を行い、保険金をお支払いする部署ですが、そもそも事故が起きないことがお客様にとってはいちばんです。ならば、これまでの知見やノウハウを事故防止のための倉庫づくりや人材教育などに活かし、リスクマネジメントに積極的に関わるという、これまでの保険のあり方とは逆の発想で、リスクコンサルタントチームを発案・創設しました。その流れの一環で、物流倉庫のリスクを啓発する研修用ツールを作ろうと考えたのが、今回の「リスクハンター」です。事故を起こすのは「人」であり、事故防止には人の育成が必要です。通常はマニュアルやテキストになるのでしょうが、私がそういうものに眠気を感じてしまうため、別の方法を模索しました。

― ゲームという手法に着目されたきっかけは?

桶田:確実に身につけてもらうツールとして何が適切かと考えていた時に、たまたまベトナム出張で現地のワーカーが昼休みにゲームをしている光景を見ました。3時の休憩も、運送中の助手席でも黙々とゲームをしている。その様子を見ていて、仕事の合間や休み時間に少しずつ進められるゲームなら身につくのではないかと閃きました。獲得したスコアをデータで吸い上げ、管理者が把握すれば、そこでコミュニケーションも生まれる。現場のやり取りがうまくいかないと事故につながるので、スコアを会話のきっかけにすれば、コミュニケーションツールとしても活用できます。正解率だけでなく、回答にかかるスピードで習熟度も把握できる。IoTでデータを蓄積すれば、いずれ性別・国別・年齢別などでの分析も可能になり、その精度が上がれば、事故を未然に防ぐ確度も上がります。まずはチャレンジとして、ゲームでデータを吸い上げるデバイスをつくろうと考えました。

― 着想を得てから、どのように行動されたのでしょうか。

桶田:帰国後、すぐにゲーム会社にコンセプトを持ち込みましたが、金額的に折り合いませんでした。その帰り、たまたま秋葉原で発売間もない360度カメラを見つけたのです。これを使って自分たちで倉庫内を歩き回り、ARのようなかたちでリスクが表示できるものにすれば、コストをかけずにつくれるのではないかと思いつきました。このコンセプトで開発したのが、第1弾の「倉庫篇」で、「リスコンくん」というキャラクターが倉庫内を歩き回るものです。リスクコンサルチームだから、キャラクターは「リス」。単なるおやじギャクです(笑)。

UPFT:最初に話を伺った時、キャラクター設定がしっかりできていたので、すごいなと思いました。「リスコンくん」のバックストーリーがあり、家族はもちろん、「リスキーちゃん」という元暴走族の彼女もいて、たまにリスコンくんをフォークリフトで轢いてしまうとか、明確な世界観があり、表現したいことが絵としてイメージできていました。

桶田:保険会社なので、どうしても真面目な教育用ゲームを想像しがちですが、私自身は、使い手にとって馴染みやすい方が活用してもらえると考えました。

リメイクといえど、波高し

― 両社がタッグを組むことになった経緯についてお聞かせください。

UPFT:もともと「リスクハンター1~倉庫篇」で、会員ログイン時のサーバ側のプログラム開発をお手伝いした際、アプリ開発についても打診されましたが、他社ベンダーですでに動き始めていたので、そこは一旦、お断りしました。その後、「リスクハンター2〜フォークリフト編」の開発で再びお声がけいただいたわけですが、一度お断りした経緯があるにも関わらず、再度ご相談いただいた熱意に、何とか応えねばという使命感もありました。
「フォークリフト篇」の開発にあたり、前作の「倉庫篇」とアプリを1つにする必要があったのですが、データが手に入らなかったため、「倉庫篇」自体をリメイクして、すべて一から作り直そうということになりました。

― リメイクに際しては、どのような点に留意されたのでしょうか?

UPFT:UX・UIを改善し、プレイするユーザーにとって使いやすいものにしようと考え、デザイン面では前作を踏襲しつつ、タイトルやロゴは新規でデザインし、初見でもモチベーションを落とさずに直感的なプレイができるよう心がけました。ただ、ひと口にリメイクといっても、素材としてあったのは、桶田さんたちが撮影した360度映像だけ。それ以外はすべて完コピで作り直すという、難易度の高い開発となりました。
ナビゲーターの「リスコンくん」も一からモデリングし、喜怒哀楽などのモーションを新規作成しました。前作にはジャイロ機能が搭載されていたのですが、プレイする上で使いにくく、ゲーム性を削ぐ可能性があったため、スワイプで視点移動が円滑にできるよう工夫しました。こうした改善を重ねたことで、結果的に、前作にちょっと似ているだけのまったく違うものになりました(笑)。確実に使いやすくなったと思いますが。

― リメイクで印象に残っているエピソードはありますか?

桶田:一緒にやってわかったのは、開発・制作のプロとして時間管理・工程管理がしっかりしていた点です。できるだけ事前に段取りをし、理詰めで進めて、変更点があれば臨機応変に対応する。そこが明確だったので、本当の意味で、開発・制作の仕事を理解できました。

よりリアルな表現を追求して

― 「フォークリフト篇」では、具体的な映像イメージは固まっていたのでしょうか。

桶田:当初、絵のイメージは持っていましたが、例えば、フォークリフトの動きを俯瞰で見せるのか、運転者目線なのかという見せ方については議論しました。

UPFT:最初にお話を伺った際、3Dによる表現が最適と考えました。VRもいいけど、費用がかかる。まずは全編3Dで、と提案しました。「フォークリフト篇」はゼロベースだったので、シナリオづくりから着手しましたが、フォークリフトの運転、可動範囲を知ることが最初の課題でした。たまたまディレクターの親戚が農家でフォークリフトを使っていたことから、敷地内で運転させてもらい、感覚を掴んだ上で、リスクケースを絵コンテにしたのですが、想像以上に難しく、画的にどう再現するか悩みました。そこで発想を転換し、舞台装置を作り、フォークリフトのミニカーと人形、段ボールでミニチュアを使ってケースを再現しながら、写真に撮り、コンテに仕上げていきました。

桶田:どのルートで動かし、動きや音はどうするか、リスクの表現意図はどこにあるのか、といった表現課題を一つ一つ整理しました。プロの目線と素人では受け止め方が違うため、画面に表示される言葉や映像を精査しましたが、あれは大変でしたね。

UPFT:我々の表現がリスクコンサルのプロから見た意図と違って先走ると、何の意味もない普通のゲームになってしまいます。画面上のカメラワークとして、リスクをどう表現すれば危険性がリアルに伝わるのか、そのリアリティの追求に時間をかけ、こだわりました。ゼロから生み出す苦労はありましたが、つくることにおいては、すごく楽しめたプロジェクトだったと思います。

次の可能性に向けて

― これを世に出したことで、変化はありますか?

桶田:世界が広がりました。いろいろなメディアに取り上げられ、個人的にはステージを一つ上げることができた。今後も新しいアイデアを持って、いろいろチャレンジしたいと思っています。

UPFT:今回のテーマは「リスク啓発」ですが、リスクは人間が対象であり、世界共通です。書物や映像を通して理解しなければいけない学びはたくさんあり、そうしたものをアプリケーションでUXを介した学び体験にすると、言葉による理解を経ずとも、学習の質が格段に向上し、理解度が高まる。これなら、世界でも通用します。僕らができるのは、お客様と一緒に専門分野に関わるソリューションを作り上げていくこと。今回は、その一つの成功事例になったと思います。王道のエンターテインメントとは少し違う、固くて柔らかい、楽しく学べるものとしてアプリ化する路線は可能性としてあると思います。近い将来、「リスクハンター」自体も、世界共通のフォークリフトライセンスアプリや倉庫内をxR体験できるようなものに発展していくと面白いと思います。